特集2『色から読みとく絵画』~色と心について深めたいあなたのための誌上読書会~

写真:『色から読みとく絵画—画家たちのアートセラピー』口絵ページ

一冊の本のどこが印象に残り、何に心動かされたかは、ひとり一人違うもの。
同じ作品であっても、その時の自分の人生ステージによって受け止め方も異がなってくるでしょう。
今回は、『色から読みとく絵画—画家たちのアートセラピー』を読んでくださった7人の感想をご紹介。
あらゆる作品は、すべて自分自身の“鏡”? なのかもしれません。
あなたなら、どんな読み方になるでしょうか?

『色から読みとく絵画—画家たちのアートセラピー』(末永蒼生・江崎泰子著 亜紀書房)古今東西の画家を取り上げ、特徴的な表現からそれぞれの人生に迫る異色のアートエッセイ。
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この本を読むことは、彼らの対話に自らも参加することに違いない

ウォン・ウィンツァンさん
(ピアニスト・作曲家)

▲オリジナルのピアノ曲は、CDでもYouTubeなどでも聞くことができる。ウォンさんのYouTubeチャンネル▶▶▶

音楽家であるウォンさんはアートにも関心が高く、演奏活動の傍らプライベートに絵を描くことも。そんな彼の目に映ったアーティストたちの人生とは……

私達はかくも多くの芸術に出会い、惹かれ、心震わせ、癒やされ、そして生きる力を添えてくれたことだろう。
芸術の創造者に想いを寄せ、自己同一化し、出来ることなら彼らになりたいとすら思うことがある。そして芸術作品と芸術家の間にある、深遠な関係性の謎に、ほんの少しでも知ることによって、その作品の淵源に横たわる芸術家の魂に、自分も寄り添えたような喜びを覚えるのだ。
カラーセラピストであり著述家でもある、末永蒼生氏と江崎泰子氏のこの著書の隅々に感じられるのは、何よりもアーティストたちへの愛だ。

それは鑑賞者としての愛というよりも、更に深い同じ表現者としての立ち位置から、あるいは一人の人間として、彼らの苦悩や痛みに、そして喜びに立ち会おうとする、まるで同伴者のそれのようだ。
わたしはこの本を読みながら、彼らお二人のアーティストたちへの愛の源泉は、一体どこにあるのだろう? と思う。

「一枚の絵が突然、あなたや私と同じ生きた人間の物語として近づいてくるのだ」
「そこにあるのは、一人の人間の苦しみであり、孤独や病であり、生の喜びであったりする。私たちはそんな画家たちとの時空を超えた“対話”に夢中になり……」

(『色から読みとく絵画—画家たちのアートセラピー』前書きより)

そう、何よりも作品には、アーティストが意図しようが、無自覚であろうが、生きた人間の深いメッセージが込められている。
この本は彼らとそんな画家たちとの対話の記録だ。そして、
「人は表現するために生きるのではなく、生きるために表現するのだ」
前書きにあるこの一文こそ、著者が私達にこの本の全体を通して伝えたい、メッセージに違いない。
だが、私自身のことで言うなら、にわかには理解できなかった。
もちろん文字通りなのかもしれないけど、実感として懐に落とし込めなかったのだ。
だが、この本を読み進むうちに、いつしか言葉の理解ではなく、まるで着心地の良いあたたかい衣服のような、心を癒やしてくれる美味しい自然食を体に入れたときのような、そんな体感を伴って「生きるための表現」という言葉を受け止めることができた、そんな気がする瞬間が幾度となく訪れていた。

この本を読むことは、彼らの対話に自らも参加することに違いない。
なぜなら私たち皆も、生きるために表現し続け、そのことでなんとか自身を生かしめているからに他ならないのだから……。

(絵の)背景にあるものを示されて、見方が変わりました

岩藤奈生子さん(自由業)

「色彩学校」仙台校の主宰者でもあった岩藤さんの本職はインテリアコーディネーター。仕事柄、絵は空間を飾るアイテムとして見ていたそうだが……。

今まで絵画を観る時に、好き嫌い、自分の部屋に飾りたいか? だけの感情で見ていましたが、その背景にあるものを示されて、見方が変わりました。
同時に自分が制作する時に、吐き出しているかも知れない感情に向き合う機会ともなりました。正解はないかもしれませんが、人の心の不思議さを感じさせてくれる本でした。

“私はなぜ今、この画家が気になるのだろう” と考えるように。

宇佐田典子さん(アトリエうさまる主宰)

「色彩学校」で講師をつとめる一方、子どものアトリエを主宰し地域の子育て支援にも関わる宇佐田さん。様々な表現に接する中で、気になる絵や心惹かれる作品はその時々の自分の反映だと語る。

全体の内容として、私が目を向けたテーマは、やはり一人一人の画家の「光と影」の部分です。
ムンクやフランシス・ベイコンなどのように、自分の中の影の部分を全面に表現しているようなものや、田中一村、石田徹也のように淡々と自分や世の中の状況を表現しているもの、モーリス・ユトリロや長谷川等伯など、色が消え白の世界を作り上げていったものなどに、私は関心があります。
それは、明るい光だけに目を向けるのではなく、影(闇)の部分も感じることの出来る自分でありたいと常々思っていることと、無意識に自分の中の影(闇)の部分を表出させたい気持ちがあるからだと思います。

そんな中、この『色から読みとく絵画』と出会いました。
1回目は一気に読み、その後、時々開いては、その時出会いたいと思う画家のページを開くようになりました。それがこの本の良さです。
その時に、“私はなぜ今、この画家が気になるのだろう”と考えるようになりました。
この感想を書いている今は「葛飾応為」と「イブ・クライン」が目に留まりました。
女性で絵を描いていくことは難しい時代に絵師として誇りをもって生き抜いた彼女の「光と影」、その明暗の表現の美しさに改めて目を見張りました。
そして、イブ・クラインは昔、どこかの美術館で観た時に、なぜだかわからないけれどその青に惹かれた自分を思いだしました。

おそらく私は今、改めて「本当の自己」について考えたい時なのだろうと感じています。
私にとって「色から読みとく絵画」は人生の節目節目で、開いてみたくなる本なのだと思っています。

子どもたちと石田徹也の作品を鑑賞したときのエピソード。

冨田めぐみさん(NPO法人 赤ちゃんからのアートフレンドシップ協会 代表理事)

「色彩学校」3期卒業生であり、子どものアトリエのスタッフでもあった冨田さんは、現在、子どもと家族のワークショップ活動を中心に、美術館で「0歳からの鑑賞会」や講習会などを手がけています。絵を見ながらの子どもたちの反応と対話とは……。

ご著書の中で紹介されていた石田徹也さんの作品を小さい子どもたちと鑑賞した機会がありました。その時のエピソードをお伝えします。


石田徹也『転移』(2004年頃 91.0×91.0cm アクリル、油彩・キャンバス)

下半身裸でTシャツを胸の上までめくりあげ、ぐったりと壁にもたれかかって座る男性。その目は虚ろで生気がありません。胸からお腹にかけて、目を伏せた女性の顔が3 つ、男性に正面を見せる向き(鑑賞者には逆さまに見える位置)で描かれています。皮膚にも小石や木切など川底にあるようなものがびっしりと描かれていて、異様な雰囲気を醸しています。背景には川のような水辺の景色があり、左には男性、右には女性が、こちら側に背を向けて裸で佇んでいます。

この作品を、保育園・年長児さんの鑑賞ツアーで、あるクラスの子たちと見た時のことが忘れられません。
みんなで絵の前で座ると、「この人、どうしちゃったのー!!」「元気ないね」「大変そう」「大丈夫かなー!!」と、眉毛を八の字にさせて、心の底から心配している様子でした。
思ったこと気づいたことの発言が止まりません。皆の不安がピークに差し掛かったところで、ある子が「この人、手をつないでるよ!」と気付きました。そうなんです、力なく垂れ下がった腕のその先、誰かが手をつないでくれているんです。
「ほんとだ!」「これはお母さんだと思うよ」「お母さんと手をつないでるから、大丈夫だねー」「そうだね、大丈夫だね!!」

絵の人物の虚ろさの根にあるであろう痛みを想像し、共感して、不安でたまらなくなっていた園児さんが、作品に描かれた希望を見出し、自分の不安も解決していく、そんなプロセスがありました。小さい子も、日々、いろんな気持ちを抱えて生きている。悲しいとか辛い時、落ち込む時もある。そんな時、どうしたら良いのか。
人間はいい時ばかりではない、生きることには大変さがあることを、普段は意識していなくても、子どもたちは気づいています。それとどう向きあったらよいか。絵を通して語る中で、子どもたち自身の解に子どもたちで辿り着いた、そんな印象を持ちました。

「一人で自分と向き合あって、何かをつくろうとしている人」への応援歌

長岡美江さん(染織家)

「色彩学校」3期生。現在は琵琶湖のほとりで工芸家として着物などを織っている長岡さんは、創作のためにあえて孤独を生きることの大切さを画家たちに教えられたという。

『色から読みとく絵画』この本は「もっと自由に、もっと自分の感性を信じて、絵を楽しもう!」ということを後押ししてくれます。「自分の好きな絵が、自分の心の奥にあるものや無意識に感じていることを教えてくれる」「絵の作者と時空を越えて共感できる」それが絵を見に行きたいと思う本当の理由だと語っています。

様々な現場での心と体と色の膨大なデータがこの『色から読みとく絵画』を確かなものとして支えていると思います。この本の素晴らしさは、画家の人生を丹念に研究していること、それを筆者自身の視点や人生とともに、一人一人の画家のエピソードが生き生きと描写されていること。そして色彩心理の分析にデータの裏付けがあることです。

この本で私が1番感銘を受けたのは、現代アートと禅問答の相似を語った部分です。
私はこれまで、コンセプチュアルアートに苦手意識を持っていました。言葉を超えたところにあるのがアートなのに、どうして言葉を巡らせて概念を考えなくてはいけないのか……。概念そのものが作品の主要構成要素であることで、目の前に置かれたモノからは何の感性や感情も感じない、時には隔たりや拒絶感さえ感じることが多々ありました。
しかしそのことを禅問答と捉えると「すぐに理解しなくてもいい」「自分の感じた違和感を大切にすればいい」ということに気づかされました。新しく扉の鍵を手に入れたような気分です。

30年前と今では、何が一番違うでしょうか。それは情報量が莫大に増えたことだと思います。それは一人一人が「自分はどうしたいのか」「自分にとって何が幸せか」を真剣に考えなければならないことを意味します。もはや「寄らば大樹の陰」や「みんなと一緒が安心」はありえない時代に突入してしまったのです。それと同時に世の中を見渡してみれば、違和感やストレスを簡単に誤魔化すこともできるし、欲望を掻き立てられてしまう情報も溢れています。

そんな中で『色から読みとく絵画』は一人になって、自分とじっくり向きあうことの大切さを教えてくれます。画家達は本当に自分の描きたい作品を生み出すために、あえて孤独を選んでいます。私もどちらかといえば、人に会わない生活をしているので、この本は「一人で自分と向き合あって、何かをつくろうとしている人」への応援歌だと感じました。

正解を押しつけられるのではなく、知られざる別の扉が開いていくようなワクワク感

吉田エリさん(表現アートセラピスト)

「アートを既存の評論ではなく自分の感覚で感じ、自分の言葉で語る」ことの大切さを本書に見出してくれた吉田エリさん。その根底にあるのは、アートセラピストとしての姿勢と共感ではないだろうか。

この本は、アートという得体の知れないエネルギーについて書かれた本だ。これが私の読後の感覚だった。そして、それはとても懐かしい感触でもあった。

アートが人間の心理にもたらす影響について、ようやく現代の社会が理解を示してきたように見えるが、それでもなおアートは形骸化した抜け殻のように扱われ、権威的で高尚な垣根を作ってしまっている。

子どもの心を忘れてしまった人々は「絵を描くのは苦手で…」と、敷居の高さを理由に鑑賞者の立場に留まってしまう。そんな人々に追い打ちをかけるように、芸術の専門家とされる評論家たちによって解説され、教育を施されるのだから、もはやアートが特殊な知識や読み解き方に正解があるような錯覚に陥ってしまったのではないか? 昔から私はそんな風に感じていたので、誰かがアート作品を評論しているのを見聞きすることが好きではなかった。

そんな自分だったが、唯一若い頃に影響を受けて読んだのは、小林秀雄の美術評論文だった。
彼の代表作に「ゴッホの手紙」があるが、この作品を書くきっかけとなったゴッホの遺作「鳥のいる麦畑」の実物を彼は見たことがなかったという。後年、実物を見た時の生々しさや、衝撃について書かれた文章があるのだが、その表現はひとつの文芸作品のように心に響いた記憶がある。彼のアートを読み解く視点はまるで、「表現に出会うということとは、内なる自己の美〜魂の震え」なのだと教えてくれているような気がした。

『色から読みとく絵画』を読んだ時の懐かしさは、かの小林秀雄の文章に出会った時に感じた「震え」に似ていた。
文中にある末永氏や江崎氏の言葉は、紛れもない彼らの視点なのだが、その文章を読み進めるうちに、自分の知っていたアーティストの世界がさらに豊かに彩りのあるものに変化しているのだった。それは、決して正解を押しつけられた違和感ではなく、知られざる別の扉が次々と開いていくようなワクワクする感触だった。

本書に取り上げられている画家や作家は、偶然にも自分の好きなアーティストばかりで興味深かった上に、アートセラピストとしての視点を共有できたことなど、溜飲が下がる安堵感もあった。
私自身の活動の中で、アートを読み解く「アートリテラシー」というアプローチがある。アート表現と出会った時、自分自身の中に響く感覚を言葉にする手法なのだが、本書はそのお手本となるような表現に溢れていた。
もっと他のアーティストについて書かれた続編を読んでみたい。
アートを身近に感じたいと思う人たちに読んで欲しい一冊です。

末永蒼生のエッセイ「生きるためのアートとの対話」に続きます▶▶▶

新アート講座「かけがえのない“わたし”の発見 ~人生の答えはアートの中に~」(講師 末永蒼生・江崎泰子)9月スタート!
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