画家・上村松園のグリーフワーク

▲上村松園ポストカード(山種美術館)

江崎泰子(「色彩学校」主任講師)

高名な画家たちの表現と、私たちが行っているアートセラピー、どちらも波立つ感情を静め、真の心を見出すという点では同じなのでは?
そう感じる最近の私の活動と心境の話です。

執筆中だった東西の画家たちの心の物語も、ようやく終わりが見えて…

コロナがやや下火になってきたこともあり、美術館の画展は見たいものが目白押し。アートシーンも少しずつ活気が戻ってきているような最近です。

そんな中、私もこの2~3年末永さんと共著で書いていた原稿の終わりがようやく見えてきたところ。古今東西のアーティスト約20人を取り上げ、作品からひも解く人生と心の物語といった内容で、末永さんが主に西洋の画家、私が日本の画家を担当しています。

それで最近、私が書き終えたばかりなのが、日本画家の上村松園。

▲東京・山種美術館は上村松園のコレクションで知られ、展覧会もたびたび催されている。(2015年展覧会チラシ)

ご存知の方も多いと思いますが、明治・大正・昭和と長きに渡って活躍した美人画の第一人者です。
その松園の作品をよく見ていくと、色づかいに大きな特徴があることに気づきます。それは淡い寒色系の色と赤。絵には薄緑や水色の落ち着いた色合いの着物を纏っている女性が多く描かれ、加えて必ずと言ってよいほど、チラリと見える襦袢や下駄の鼻緒などに差し色として赤が使われているのです。

これらの色にはいったいどんな意味があるのだろうか……というのが私の書いた原稿のテーマなのですが、詳しくはいずれ本を読んでいたくことを期待して、ここでは母親との関係が軸になっているという点についてだけ少し触れてみたいと思います。

亡き母の面影を描き続けた上村松園

松園の母親は夫と死別し、京都で茶葉を売る小さな店を営みながら娘二人を育てた気丈な女性でした。明治の時代に、女が絵描きになるなどもっての外と周囲が反対する中、娘のやりたいことならと画学校に進ませ、その可能性を信じ支えてきた人でもあります。松園が20代で未婚のまま妊娠したときも、これまで通り絵に専念できるよう、子どもの世話や家事いっさいを引き受けてくれたのも母でした。つまるところ松園にとっての母は、娘を全面肯定し才能を開花させてくれた存在だったのです。
その母が70代で病に倒れ、自宅での介護の末7年後に他界。深い悲しみと喪失感の中で、松園は母の面影を色濃く反映した作品を描き始めます。

それまでの美人画の域を越えて、市井の女性の子をあやす姿や家事にいそしむ姿など、後に松園の代表作と言われるような傑作が次々と描かれていくのです。そしてそれらの女性たちの表情や、仕草、日常の様子はすべて母の記憶から生まれたものだと、松園自身が語っています。
そう、松園にとって母を描くことは、喪失感から立ち直るグリーフケアだったのです。一筆一筆に思いを込めて母の面影をなぞることが、彼女にとっての喪の作業、自らを癒す術だったのではないでしょうか。

親の介護や死別体験を通して、新たな自分の人生を見出すセミナー

私自身は、これまで松園の絵に触れてもセラピー的な視点で見ることはできていませんでした。でも今回自ずと母娘関係に気持ちがいったのには、2つほど理由があるように思います。

1つは、私自身が昨年母を亡くしたということ。今はまだ1年もたっていないので、折に触れ母の写真や生前残した手仕事作品などを眺めながら、彼女の人生に思いを巡らせているという時期にいます。だからこそグリーフワークとしての松園の絵をリアルに感じ取ることができたのではないでしょうか。

そしてもう1つは、3月からスタートした「親との関係 セカンドステージ」というセミナーで、変化していく親子関係について、参加者の皆さんと掘り下げる時間を共有できたこと。

10人程の参加者は、とりわけ母親との間でこれまで何らかの葛藤を抱えてきたという方が多かったのですが、親の老いや介護、死別体験などを通して、自ずと父母に対する眼差しが変わってきた(あるいは変わりつつある)という段階にいる方がほとんど。その変化を親子関係の「ファーストステージ」から「セカンドステージ」へと捉え、最終回ではそれぞれのセカンドステージのイメージを表現してもらいました。(作品1~3)

作品1「吸収と分離/孤独と付与」
加藤里子さん

作品2「出発」
林幸子さん

作品3「自由」
沖敬子さん

それらの絵は同時に、親子関係のことに留まらず、これからの自分の後半生をより自由に生きていくためのイメージにもつながっていたように感じます。

つまるところ、上村松園のような高名な画家も、私たちのアートセラピーも、表現を通して渦巻く感情を鎮め、心を澄ませていくという点では同じではないでしょうか。それは誰にとっても人生の新たなステージを生きていくための、大切なプロセスなのです。

江崎 泰子(えざき やすこ)
「色彩学校」主任講師

長年に渡り、日本の色や美術を研究。和の文化や歴史、画家の人生に心理的な視点からアプローチしている。『事典・色彩自由自在』では伝統色名の解説を担当する一方、不定期で「日本文化と伝統色」の講座を開催。日常的にも好きな着物、歌舞伎、浮世絵などを楽しんでいる。