佐久本恵さん(アトリエ「こころね」主宰・「色彩学校」専任講師)
“対面の関係性”の中には、人肌という体感を通したコミュニケーションがあります。
子どものアトリエやワークショップの主宰者、あるいはお子さんを通わせている養育者の方にとって、今回のコロナ禍は継続の意味を問われる出来事だったのではないでしょうか。
子どもたちにとって、自由に創作を楽しめるアトリエは、大人以上に大切な“場”。また、子ども、養育者、主宰者がじかに接することで生まれてくる場の共感やエネルギーは、リモートでは味わえないものがあるでしょう。
自身のアトリエを主宰して5年目の佐久本恵さんも、そんな“場”を守ろうと孤軍奮闘したこの1年でした。「大変だったけれど、得たものもたくさんあった」という佐久本さんにこの間のプロセスを語ってもらいました。
●継続するかクローズするか、主宰者として活動の信念を問われる時間でした。
末永メソッドを実践する場として、多くの親子に支持されている佐久本さん主宰の「アトリエ・こころね」。まずはこの場にどのような思いをもち、始まったのかというところから聞いていきましょう。
佐久本 私はartという表現活動によって、子どもたちと親御さんたちの個々の人生をクリエ イトしていく思考の土壌となる心根 (←ここから“こころね”とアトリエの名前をつけました)を共に培っていきたいという信念を掲げ活動しています。
アトリエ「こころね」は2015年“子育て不動産”という子育て世帯に特化した不動産屋さんのスペースを間借りする形で活動をスタートしました。
店主の方はご自身が子育てしながら感じている違和感や困りごとなどを、声を上げ行動し、子育て環境をよくしていきたいという信念の高い方(一昨年文京区議になられました)。ちょうど不動産事務所内のフリースペースにて子どもや養育者の方が集えるプログラムを探していたという巡り合わせでした。
どのエリアでアトリエを開いても良かったのですが、文京区は教育、芸術、文化に意識の高い層が好んで居を構えるというエリアであるということと、子育て世代の転入が毎年増え、軒並み学校のクラスが足りなくなっているという情報を元に、潜在的にアトリエのニーズが絶対にあると見込み、アトリエ活動をスタートすることにしました。
間借りアトリエでの活動が軌道に乗った一年後、2016年に文京区内に本格的にアトリエを構え、現在に繋がります。
そうして次第に会員数も増え、順調にいっている矢先のバンデミック。複数の親子が集うアトリエも、感染のリスクは免れない場所。佐久本さんの神経も張り詰めていきます。
佐久本 「未知のウィルスの特徴、感染経路や影響、そして回避の仕方など日々情報が更新されていくものをキャッチしながら、主宰者として責任のとれる範囲はどこだろうか、こんな状況の中でアトリエにできることは何だろうか、続けるのが是なのか否なのか、続けることで健康を阻害してしまうのは避けなければならない……と、常に命を守ることを大前提としながら、活動継続の線引きに関する意思決定プロセスに神経を張り巡らしました。
それは、主宰者として活動の信念を問われる時間でもありました。
●午前中から夜の7時まで、オープン時間を長くし、少人数のクラスで継続。
▲アトリエ・こころね」の入り口
佐久本 「2020年3月の段階で、幼稚園・小学校がひと月早い春休みとなった時、アトリエをクローズすることを検討しました。
しかし子どもたちのエネルギーが余っているのもわかっていましたし(公園が閉鎖、運動系のあらゆる習い事が休み)、養育者の方も急に生活が変化していく中での戸惑いを抱えながら、子どもたちとの自粛生活に息が詰まっていることも、日々のやり取りの中でキャッチしていました。
そんな中でやはりアトリエの必要性を感じ、3月は平日も午前中から夜19時までと普段よりも長くオープンし、4人までの少人数制と感染対策を徹底しながら活動を続けていました」。
刻々と状況が変わる中で、佐久本さんは養育者の方たちともきめ細かいコミュニケーションを心がけてきたと言います。
佐久本 「『こころね』では、コロナ対策をどのように考え、サービスをどのように提供しようとしているのかということを毎回メールで丁寧に送信しました。メールを書く中で大切にしたことは、ご利用の有無について各家庭の考えを大事に決定してくださいと添えることです。
さらに、こちらから一方的にサービスの形を固定するのではなく、ご利用への心配や不安、家族単位で利用したいといった要望など、どんな事でも気軽に伝えていただけるよう関係性をフラットにする言葉を選びながらメールを重ねていきました。
そんな中で、3月後半頃には、少しずつお休みするご家庭が増えてきました。
続けることで喜んでいただけた段階から、続けることが不安要素に変わっていく親御さんの気持ちの変化を感じたのはこの頃です。
結局4月の緊急事態宣言が出た際に、幼稚園・学校・塾も全て休校対象となり、『こころね』もアトリエクローズとすることにしました」。
●アトリエ存続のための資金繰りに奔走。申請した補助金、給付金、融資は10種類!
一時的にでもアトリエを休むということは、その間の収入が途絶えるということ。「こころね」の運営が生活の基盤になっている佐久本さんにとって死活問題でもあります。現在もコロナ禍で多くの失業者が出ていますが、佐久本さんはこの経済的な難局をどのように乗り切ってきたのでしょうか。
佐久本 「資金繰りなどシミュレーションをしている中で、クローズしていても出ていく家賃などの場を維持する固定費捻出のため、会員さんに協力を仰ぐ“アトリエ維持協力金”などの構想も考えていました。でもこれは私の中では最終手段で、その前に自力で出来ることをやろうと動き始めました。
結局2020年中に申請した補助金、給付金関連は8種類、コロナ無利子融資2種類の計10種類(よくやった!と自分を褒めてあげたいと、このインタビューに答えながら振り返っています)の書類を書き、資料を揃え、知り合いの専門家にチェックしてもらいながら不備を出さないように1つずつ焦らずじっくりと申請をしていきました。
そういった申請関係でつくづく感じていたのは、5年前起業する段階で、区が開いている創業支援プログラムに参加していて良かったということ。
今回のコロナ関連の申請に纏わることでセミナーに参加し役立っていることについて具体的に上げると、セミナーの中で講師の方が『無利子で借入ができる創業支援の時に少額でも借り入れし、銀行に着実に返済して実績を重ねることでイザ何かあった時に信用保証が後ろ盾になり金策がうまく進む』と習ったことです。
私はそのセミナーでの学びを元に、区の準備している借入れ申し込みをこれも社会勉強だとチャレンジしたのです。その時に文京区内中小企業診断士の方との繋がりを持ち、お役所関係の資料の書き方や、銀行など売り上げ見込みや事業に関連するプレゼン資料の作り方などを学びました。そして毎月返済を滞りなく行っていきながら、地域の信金との繋がりも作りました。
今回のコロナ禍で、その借入を行った経験、人脈、金融機関における信用実績がフルで役に立ち、スムーズに事が運んだように感じています。
自分の仕事の畑とは異なる人たちと関わりを持っていることの大切さ、それは言い換えると“社会性”を持った事業に育てていることの大切さが身に染みました。特に個人事業主としての活動は社会の中の事業としては地盤が弱者となります。そんな立場であることを認識し、自分の事業の地盤としての地域行政という意識を持っていることは活動を持続化していくための大事な事の1つかもしれません。
▲「こころね」のインスタグラムには子どもたちの作品がアップされています。
●アトリエは、“私の心の場”。活動を通して得るギフトがいっぱいです。
自粛期間中に子どもたちの作品をインスタグラムにアップし共有するなどの試みも始めた佐久本さん。でもやはりリアルなアトリエ現場を何より大切にしているそうです。
佐久本 アトリエは子どもたちの『“今”を生きるエネルギーを循環させる力』がある場所です。
“今”“その瞬間”をキャッチすること、そこに機敏に対応していくことでアートセラピーの力が大きく発揮されると経験の中で確信を得ています。
そこに加え、有名なハーローの代理母実験にあるように、鋼の母では育たたない情緒や愛着関係が人肌という体感を通したコミュニケーションが“対面の関係性”の中にはあります。
言語表現が発展途上の子どもたち。言語と非言語(身体表現とアート表現)を通して深いコミュニケーションを取っていくこと、そしてそのコミュニケーションを通してキャッチしたことを養育者の皆様へ還元していくこと。これが「アトリエ・こころね」の大事にしていることです。
その活動は、私の気持ちと自己一致していて“誰か”や“何か”に合わせる事なく、常に自分の気持ちに沿った形を表してきている“私の心の場”です。
私が考える事や行動起こすことの全てが、場を生み出し人と人を繋ぎ交流し循環していく……、その全体性を生きている感じが私の活力になっているのかもしれません。
子どもたちが喜び勇んで一秒も惜しんでドアをバーンと開け入って来る様子や創作中の真剣な表情や会話している時の屈託のない笑顔、養育者の方が安心した顔で子どもたちを見守っている様子や場を信頼し色々なお話をしてくださること……など、活動を通して得るギフトがいっぱい。
▲「こころね」でのびのび表現を楽しむ子どもたち。
今回のことで、どんな大変な状況に置かれたとしても、私に出来ることは限られていて、その出来ることは何だろうかという事を自分の中ではっきりとさせ、優先順位を付け、精一杯やるということを積み重ねていくことの大切さを経験したように思っています。
そうやって積み重ねていく中で、前が見えない状態から、歩いていく道筋が見えてくる瞬間がやってくる。止まらないで動く。
動くことが生きることなのかもしれないと思ったりしています。
そして現在は、多少の事では揺るがない心の軸足を身に付けたような気分です。
『私の事を大事と想うくらい、あなたの事も大事です』という気持ちが深まったコロナ禍です」。
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