ハート&カラーのオリジナルぬり絵はこうして生まれた!

▲末永蒼生近影「2021年夏 青山にて」
 撮影:ウォン・ウィンツァン 

「国際アートセラピー色彩心理協会」末永蒼生

最初のヒントは子どもたちとのお絵描き遊び

僕自身は正直、ぬり絵というものにはあまり関心がありませんでした。というのも子どもの頃から画家の父の傍で好きに絵を描いて育ったからです。すでに形や線が印刷してある絵柄に色を塗ることを窮屈に感じました。
ところがあるとき、ぬり絵のメンタル効果に気づくきっかけがありました。20代に「子どものアトリエ」を開いて間もなく知的障害児と出会ったことでした。絵に自信がなくなかなか手が動かない様子を見て、なんとかやる気になってもらえる方法はないか考えたのです。そこでやったのは大きな画用紙を挟んで向き合い、じゃんけんで順番を決めながら一緒に描くお絵描き遊び。僕が簡単な線で絵を描くとその子もそれを真似して線を引きます。そのうちに僕が描いた線画をたどるようにしてその子が色を塗りこんでいく。笑顔が増えました。それからは思い切り自由画を描くようになっていった。 ここでのメンタル効果は二つです。まず色を塗ることで楽しくなり表現意欲が高まること。もう一つはその結果、感情表現の力が養われることです。その後、「子どものアトリエ」にオリジナルの手作りぬり絵を常備するようにしました。

“こころぬり絵” を思いつく

その後、このぬり絵ワークは子どもだけでなく大人にも役立つことが分かりました。30年あまり前に「色彩学校」を開設してみて、絵に苦手意識を持っている人が多いことに気づいたのです。でも、本当は誰でも描きたいものを自由に表現したい欲求はある。人間の本能のようなものです。その頃、市販の名画ぬり絵などが話題になりましたが、それだとゴッホのぬり絵だとゴッホ風の色になり、浮世絵ぬり絵だと色調も北斎風になってしまいます。
僕が考えたのはあくまで、色を塗る人自身の心が自由に表現できて精神的な解放感を得られる、いわば “こころぬり絵” といったものでした。そんな時、タイミングよく出版企画が持ち上がり『色と心のセラピーぬり絵「色彩楽」』(日本ヴォーグ社1992)を刊行することになりました。

『色と心のセラピーぬり絵「色彩楽」』
(日本ヴォーグ社1992)

このときは、絵をお願いしたイラストレーターの沢田としきさん、編集担当の江崎泰子さん、出版社の人たちと合宿をして構想を練りました。子どもや大人が好むモチーフにはどんな心理的な意味があるかという僕の研究を沢田さんに伝え、絵柄のアイデアを一緒に練りあげる楽しい作業でした。このぬり絵ブックは予想外の売れ行きで版を重ねました。多くの人が自由に楽しめるぬり絵を待っていたのだと実感したものです。その後、テーマ別のぬり絵ブックを次々に作りました。ここで少し振り返ってみましょう。

これまでに刊行されているぬり絵ブックシリーズ

1995年、同じ日本ヴォーグ社から、アーティストの真砂秀朗さんが素晴らしい絵を提供してくれた『おやこ色彩楽』や絵本作家スズキ・コージさんが腕をふるってくれた『子ども色彩楽』、妊娠中の女性がリラックスするための『マタニティ色彩楽』(絵:村西恵津)など次々にシリーズ化されました。

またPHP研究所から出た『心を元気にする色彩セラピー』(2001) には末永が描き下ろした17点の「心のマッサージのためのぬり絵」ページが掲載されています。その後も絵本作家のかとうようこさんに絵を描いてもらった『ココロが元気になるしあわせぬり絵セラピー』(宝島社2006)を出しました。

さらに2011年からはハート&カラーが出版事業を開始し、アート療法や子どものアトリエ教室など現場で活かせる絵柄を中心に『心を元気にする色彩セラピーぬり絵』『心と能力を育てる子どもぬり絵』を刊行し現在に至っています。 またIT時代の媒体を使ってリリースしたものに、ゲームの任天堂から出たニンテンドーDSを使って楽しむ『DSココロぬり絵』(2010)もあります。

ハート&カラーぬり絵の特徴は色彩で感情を解き放つ

私が色彩心理やアートセラピーに取り組んできたのも、人が自由に色を楽しむことで気持ちが解放され、あるがままの心を生きていけるからです。
市販のぬり絵に対してハート&カラーのオリジナルぬり絵の特徴を少し説明してみます。
まず第一の要素として自由に色を塗る愉しさです。なぜ色なのか?
これは色彩心理の研究からも分かるのですが、人の心が最も表出欲求を感じているのは感情です。その感情がすぐに出せるのは形より色彩です。色を通して感情や様々な想いをアウトプットすることで得られる解放感。これがハート&カラーのぬり絵のポイントです。というのも効率化や合理性を重んじる現代社会においては多くの人のメンタルがある種の“失感情”に陥っているからです。 社会活動をする人間にとってはどうしても言葉を中心にした「思考・理性」が優先されがちです。しかし心理学が明らかにしているように人の心の苦しみは「感覚・感情」が抑圧されることから様々な心の症状につながります。例えば、うつ病は感情を過剰に抑圧抑することによって起きる抑鬱状態です。じつは感情をいかにうまく取り扱うことができるかということは、人生を健全に生きていく上でとても大切なことです。

人生のテーマを反映する絵柄やモチーフ、そして描き加えの自由

次にハート&カラーのぬり絵の絵柄の特徴について少し触れておきましょう。
色が感情と関係しているとしたら、一方、絵柄は人間関係や行動パターン、自己実現や健康状態、さらに意識下の心、つまり無意識などのテーマを表現するものです。ハート&カラーの「こころぬり絵」はそのようなテーマが反映しやすいモチーフや構図によって作られています。 ただ、モチーフなどの形が描かれていると通常はどうしてもその枠内に色を塗ってしまいがちです。しかし、ハート&カラーのぬり絵では必ずしも形の枠にとらわれる必要がないこと。それどころかむしろ自由にはみ出したり自分で思いついたものをどんどん描き足すことも楽しみます。その意味では輪郭の線はあるけれど、それは簡単な導線のようなもので慣れてくるとほとんど自由画に近い感覚で楽しめてしまいます。

感情をうまく取り扱えるようになると、人生は生きやすくなる

近年、「自分らしさ」という言葉がよく使われますがなぜでしょう。もし日頃からこころのままに生きていたら「自分らしさ」など求める必要はないはずですね。さらによく考えてみるとそもそも確固とした「一つの自分」というものはありません。人はその場その場で自分の心の内容が変わっていくものです、生きている限り。そうすると、本当は人が探しているのは「自分」ではなく動き続ける「こころ」なのではないでしょうか。しかし、社会のルールやその中での役割は簡単には変わりません。そこで、「こころ」は居場所を見失い迷子になってしまいます。そういうことが続くと人は感情を見失しない苦し紛れに暴走する状態を作りだしてしまうことだってありえます。 私は本当の意味での人間的な知性というのは、感情や無意識の欲求を理解しポジティヴに生かしてやる “こころの働き” のことだと思います。苦しみであれ喜びであれ蓋をすることなく味わって見ることで浄化され、“自己肯定感” につながります。日常生活の中では後回しになりがちな感情や情緒の世界。ぬり絵ワークは “日常の時間” と “こころの時間” に橋をかけるツールなのです。

ぬり絵ワークはこころに光を灯してくれる

私がアートを生かしたセラピーや教育に関わってきたのも、それを通して人間の様々な感情や想いに向き合うことができるから。アート療法や子どもの「アトリエ」は人としての上下も優劣もなく、そこに出現する感情をそのまま感じることができる安全なアートの場です。
もう一つ、ぬり絵にはじつはイメージの幅を広げる効果もあります。多彩なバリエーションの絵柄があるとイマジネーションが広がります。人は自由に描くだけでは案外にワンパターンに陥りがちです。人それぞれイマジネーションの癖のようなものがあるからです。そんな時、ぬり絵は自分では思いつかなかったイメージサンプルに出会うきっかけにもなります。そして、未知のイメージにチャレンジすることでそれまで知らなかった自分に出会う面白さ。
そうやって “動くこころ” を色眼鏡なしに受け止め合えることができた時、心のサイズが少し大きくなり寛容になった気がするかもしれませんね。このような経験をすると私たちは日常生活でも自分や相手を大切にしたい気分になるのではないでしょうか。
その意味で “こころぬり絵” という方法は年齢、性別、人種や文化の境界を超え誰でも楽しめます。日本には “気晴らし” といういい言葉があります。ぬり絵ワークは日常の繰り返しの中で曇りがちな心に、晴れやかな気のエネルギーをもたらすことができるんです。
このぬり絵の効果は今のコロナ禍のような大災害の中で塞ぎがちな心に力を与えます。私たちはこれまでいろんな災害地でそのことを目の当たりにしてきました。色を塗るとき緊張していた体が深呼吸を始めます。自分が塗った色を眺めるとき、その色は目から脳へと染み渡りこころに光が灯ります。
幸せなことに、人は誰でも自己回復の力を持っています。ぬり絵を通しての色彩アートセラピーはそのスイッチを押してくれるのです。この世に色彩があってよかった! 僕自身、いつもそう思って色に触れています。

末永 蒼生(すえなが たみお)
色彩心理研究家/「色彩学校」「国際アートセラピー色彩心理協会」代表理事

1960年代から実験的な美術活動を行い、近年、当時の記録映画が内外の美術館で上映されている。64年より日本児童画研究会で色彩心理の研究を行い、66年「子どものアトリエ・アートランド」を創立、89年に「色彩学校」を開設。色彩心理とアートセラピーを組み合わせた「末永ハート&カラー・メソッド」を体系化。多摩美術大学非常勤講師をはじめ、内外の大学で講義を担当。東日本大震災など各地の被災地でアートセラピーの活動を支援。NHK「課外授業ようこそ先輩」などテレビ出演や講演活動も多い。著書にロングセラーとなった『色彩自由自在』シリーズ(晶文社)『心の病気にならない色彩セラピー』(PHP)など多数。