「子どものアトリエ・アートランド」宇佐田典子
アートセラピーの活動を長く続けていると「ぬり絵の効果はこんなものじゃない、もっといろんな効果がある!」と実感することが多くあります。今回はそんな数々の事例の中からいくつかピックアップしていきたいと思います。
ぬり絵の線をはみ出すことで心のボーダーを超える
「ぬり絵」は多くの方に知られるようになり、子どもから高齢者まで楽しめるようになりました。
何と言っても気楽にぬれ、線があることで安心して色が楽しめ、満足度も高いところが人気なのだと思います。
その取りかかりやすさから、初めて「子どものアトリエ」に入り、緊張しもじもじしている子も、ぬり絵を見ると “これならできる” と色鉛筆でぬり始めたりします。このようにぬり絵は緊張をほぐし、リラックスする効果もあるようです。
日本に来てまだ間もない中国籍のSちゃん(年長)は、日本語を理解しているし少し話せるのですが、中々おしゃべりしてくれません。アトリエの時間中も言葉は発せず絵を描いたり、線からはみ出さず丁寧にぬり絵をぬって過ごしていました。そんなある日、Sちゃんはコミュニケーションをとりたいのか、チラチラこちらを見るようになっていました。これはチャンス!とばかりに私は隣に座り、Sちゃんがぬっているぬり絵を「私も一緒にぬっていい?」と聞くと、こくりとうなずきました。 交互に少しづつ好きな色を思いのままにぬっていきながら、私はわざとぬり絵の絵柄の木を線からはみ出して雑にぬってみたのです。するとSちゃんは最初「えっ? いいの?」という顔をしましたが、その後ニヤリと笑い自分でも私と同じように木の線をはみ出してぬり始めたのです。それから交互に線をはみ出しながらぬり合いました。
▲Sちゃんと交互にぬったぬり絵「家と木」、画材はクレヨン。
その後もケラケラ笑いながら一緒に何枚かぬりましたが、私が離れてからも一人で同じように何枚も何枚もぬったのです。
▲心が解放され、こんなにたくさんぬり絵をぬりました!
それからというもの、ぬり絵をぬってはよく笑い、少しずつお話しもしてくれるようになりました。
ぬり絵は様々な形が線で描かれているものに色をぬっていきますが、その線をはみ出すことで、「きちんとしなければいけない」という緊張感の高い気持ちから、「自分の好きなようにやっていいんだ」というリラックスした心の解放につながったようです。
怒りがやわらいだ自分のためのアートセラピー
子どもたちに関わる自分自身にとってもアートセラピーは欠かせません。ここからは私の事例をお伝えします。
幼馴染の友人Cさんは母親と二人暮らし。その母親は昔からCさんを頼っているところはあったのですが、朝食は朝の4時と決まっていて、その時間を過ぎると怒りだす、仕事をしている彼女が少しでも遅くなると会社や周りの友達に電話をかけるなど日常生活に支障をきたすようになっていました。そこで少し距離をおきたいと、近くにマンションを借り別々に暮らそうとしていた矢先、母親が自ら命を絶ったという一報が入ったのでした。
その知らせを聞いた時に私がぬったぬり絵がこの3枚です。
1枚目「火山のバクハツ」色鉛筆
はじめは、最後まで友達を苦しめて亡くなっていった母親に対しての怒りの感情が爆発!
許せない気持ちがどうしようもなく湧いてきてしまったのです。
でも、ぬっているうちにその感情は、自分勝手な(と私が一方的に思っていた)私自身の母親に対するかつての怒りの感情を投影しているだけだという事に気づきました。
2枚目「新芽」色鉛筆
そこに気づくと怒りは不思議な位、スーッとおさまり、それで描いたのが2枚目。
3枚目「色のリズム」色鉛筆
その後、怒りの感情でいっぱいになっていた私に、「自分に出来る事はなんだろう?」と新しい感情が芽生えてきたのです。それは彼女にただ寄り添っていこう……という穏やかな気持ちでした。
その時に改めて「これがアートセラピーだな」としみじみと実感したのを覚えています。
認知症が進んだ母は、絵柄を写すことで認識力を高めているのかも
子どもたちが形を捉えようする時、模写や写し絵をします。最近、気づいたのですが、それは子どもだけではなく高齢者にも言えるようです。
私の母(85歳)は認知症が進んできて、「文字がスムーズに読めない、書けない」「お金の計算が出来ない」「物の名前などの認識力が鈍ってきた」などの症状が顕著になってきました。
そんな母とたまにぬり絵をしているのですが、最近は色を全く使わず「黒がいい」と言って、ぬり絵の気に入った絵柄(部分部分を)をボールペンや筆ペンで半紙に写すことを好んでするようになりました。
▲「はなしょうぶ」消せるボールペンで何度も線を消しては描き直していた。
▲「陽光に向かって」筆ペンで、位置を変えて鳥を描き足すなどしている。
▲「母さんと一緒」ボールペンでなぞった後、筆ペンで仕上げる。本人お気に入り。
私は色を使い自分でぬったぬり絵を母に見せたりしているのですが、「きれいね」とは言うものの他の色には手を出しません。
それで気づいたのです。母は現在、今まで出来ていたことが出来なくなり、理解できないことが増え、「頭がぼんやりしている」と言うなど、不安でいっぱいです。だから、必ずしもぬり絵の色をぬらなくても、その絵柄の輪郭を写し、形を捉えることで、ぼんやりしたものがはっきりとする感覚になるのではないか? 昔、油絵や墨絵を描いていた母にとって、今でも絵が描けると思えることは自己肯定感にも繋がるのではないだろうか?
実際にやってみて、時間をかけて何とか形になった時、気持ちはスッキリするようで、嬉しそうに作品を見せてくれます。
ぬり絵だけれど、ちょっと違った、色をぬらない活用の仕方もあるのだと母に教えてもらいました。
宇佐田 典子(うさだ のりこ)
「色彩学校」上級認定チャイルドアートカウンセラー/「色彩学校」専任講師
「子どものアトリエ・アートランド」青山・本部アトリエでチャイルドアートカウンセラーとして15年活動をする他、自宅でもアトリエ「うさまる」を主宰している。地元練馬で小さな子どものための「おやこアトリエ」活動もしながら、親御さんや子どもたちの心に寄り添う子育て支援を行っている。保育士経験11年あり。